E.YAZAWAこと矢沢永吉に魅せられてはや30年以上の大阪の40代のおっさんが「E.YAZAWA」の魅力を綴ります。
 
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ドーモ!

矢沢永吉命の男、亀吉です。

今回も最後までガンバリますんで、楽しんでいって下さい、ヨロシク!



今回のこの1曲は「ファンキー・モンキー・ベイビー」です。
曲を聴くには画面中央をクリックしてください


「ファンキー・モンキー・ベイビー」 歌詞はこちらへ

作詞 大倉洋一 作曲 矢沢永吉

矢沢永吉」の名を世に知らしめた曲といえばやはりこれですわ。



なぜ今回のこの1曲にキャロルの「ファンキー・モンキー・ベイビー」を選んだか。

やっぱり「永ちゃん」を語るうえでこの曲ははずせません。

この前このブログで「永ちゃん」の名言というものについて書きました。

YAZAWAファン検定&名語録集成




この本を今読んでますが、なぜかちょっとピンとこないんです。

なぜか?

この本に書かれているような名言?とやらで僕は「永ちゃん」を好きになってきたのか?

と、ふと思ったんです。

どこやらのサイトで1番になっている名言「てめぇの人生なんだから。てめぇで走れ。」

ピンと来ませんわ。

つい昨日ぐらいに「永ちゃん」が言うた言葉みたいですけど。

現在46歳の僕です。

確かに今の「永ちゃん」も大好きです。

メッチャ落ち着いて大人でシブイ今の「永ちゃん」。

でもそれって30なん年ファンやってきた46歳の僕やから言えるんです。

でも多分ホンマに今の「永ちゃん」を初めて知ったんやったら僕はファンにはならんと思います。

やっぱプロセスですよ。何十年にもわたるプロセスですよ。

だから今TVでビール飲んでる「永ちゃん」もかっこええと思えるんですよ。

まあたまに「永ちゃん」のこと批判してはる方々もいらっしゃいますが、そんなん最近の「永ちゃん」だけを見てるからですわ。

現在アーティストとか言われて能書きこいてはるミュージシャンがたくさんいますけど、たかだかロックミュージシャンごときが能書きをぶっこける世の中を作ったのは間違いなく「永ちゃん」ですよ。

その昔、1970年代、演歌歌手とアイドル歌手が主流の時代、というかそれ以外は無いという時代に突如現れたスーパースター「矢沢永吉」。

何回も書いてますが、僕が「永ちゃんファン」になった1978年8月28日の日本のロックアーティストとして初の後楽園球場単独公演。

この前の年には日本人ロックアーティストとして初の日本武道館単独公演も行なっています。

僕はその頃中学生でした。

ホンマにその頃って「永ちゃん」に関する情報を得るのは大変でした。

TVにでることもほとんどないし、金もないんでコンサートにも行けませんし。

「RUN&RUN」も見に行ってません。

それにこの頃の「永ちゃんファン」はかなり気合の入った方々の集まりでしたし...。

「成り上がり」だけがバイブルで。

「後楽園ライヴ」以来ほとんど動いている映像というものも見たことがありませんでしたし。

今の時代すぐに「カリスマ」という言葉を使いますけど、まさにこんな人のことを「カリスマ」というんですよ。

ホンマにず~っとアルバムの曲だけがすべてでした。

そんな僕に初めて「永ちゃん」の人となりを教えてくれたのが、1984年9月25日に発売された「矢沢永吉ヒストリー」というビデオでした。

「CAROL」のころからの「永ちゃん」の歴史が事細かに綴られています。

僕が19歳のことです。

この年は僕が「永ちゃん」のライヴデビューした年でもあります。

E' I'll BACK SOON EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR '84 10月20日「大阪城ホール」。

「永ちゃん」が初めて「大阪城ホール」でライヴをした年です。

まあこのビデオ(当然VHSです)を見て完全に虜になったのは言うまでもありませんが、さらにこの「矢沢永吉」という人の生意気さ。

ホンマに誰も寄せ付けない程の「能書き」をこいておられました。

半端じゃないですよ。

今のミュージシャンやったらこれぐらい言うかもしれませんけど、その当時じゃまあ絶対こんな生意気なヤツ潰されますよ。

ってなぐらい生意気な20代の青年です。

でもなにか胸を貫くもんがあったんですよ。

それはあの本に書かれているような「名言」ではありません。

つまり言葉なんかではなく「存在感」ですよ。まさに「オーラ」ですよ。

そして何よりも曲ですわ。

ホンマにこのビデオのおかげで大人になれた気がします。

この20代で生意気言うてる「永ちゃん」こそが原点なんですよ。

そんな生意気な青年が素敵なおじさんになり、60歳を過ぎた今も「武道館」で「ワオー」ってロックしてる。

それをずっと見続けてきた自分を誇りに思います。

25歳になった自分の息子に「永吉」という名前を付けたことも誇りです。

とにかくこの「矢沢永吉」という人に付いてきて良かった。間違ってなかった。

ホンマに思うんですけど、「化石」と呼ばれるような「永ちゃんファン」ってみんな僕の言うような気持ちを抱いているんではないですか?

そんな今の自分を作ってくれた「矢沢永吉ヒストリー」という1本のビデオに感謝です。

できれば若い人に見てもらいたいので、DVDにでもなってもらいたいです。

このビデオは自信をもっておすすめできますから。

この調子で今後も書いていきたいと思います。

「永ちゃんファン」の方のコメントなども待ってます。

それではまた!

サンキューロックンロール!

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コメント
この記事へのコメント
息子さんは永吉さんですか!?
後楽園球場が初ライブなんて、凄~く羨ましいです(*^_^*)
今、当時の写真集を眺めていた所なので、その時の熱さがヒシヒシと伝わってきました(^_-)-☆
私は、ライブに行きたくても、怖くて行けない時期が長かったのですが(苦笑)
今、考えると、もっと勇気が有ったらなぁ。。なんて思います(~_~;)
所で・・
永吉君が小さい頃「こら~永吉!」なんて・・
怒鳴ったりしたのでしょうね~(^^♪
2011/09/11(日) 21:07 | URL | ひろみ #-[ 編集]
初ライヴは大阪城ホールですわ
ひろみさんど~も!
すんません初ライヴは大阪城ホールですわ。
でも息子は「永吉」です。
もちろん息子なんで小さいころは怒鳴りましたよ。
でももう25歳なんでそんなこともないですわ。
2011/09/12(月) 19:48 | URL | 矢沢亀吉 #-[ 編集]
失礼しましたm(__)m
'84 10月20日「大阪城ホール」でしたね♪勘違いして、しまいましたぁ(~_~;)
それでも同じくらい羨ましいです(^_-)-☆

「ヒストリー」も「ヒストリー2」もビデオがダメになってから観ていませんので・・早くDVDで出して欲しいものです。
2011/09/12(月) 23:03 | URL | ひろみ #-[ 編集]
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